2020年の「FIRST STRIKE」を経て、2021年3月に「VALORANT Champions Tour」が始動した『VALORANT』の競技シーン。同年のStage 2からは世界トップチームが一堂に会する国際大会が開催され、2023年にはインターナショナルリーグが発足。2024年は中国地域のリーグ化などを経て、大きな変化を遂げながら4年の歴史を積み重ねてきました。
Crazy Raccoonの国際大会出場や、ZETA DIVISIONの世界ベスト3入り、インターナショナルリーグへZETA DIVISIONとDetonatioN FocusMeが参戦するなど、その間には、eスポーツシーンにおける日本の存在感を高めるようなトピックスも数多く存在します。そのおかげで、国内においてeスポーツがより身近なエンターテインメントになったとも言えるでしょう。
さて、そんな『VALORANT』の競技シーンを日本のRiot Gamesはどのように下支えしていたのでしょうか?
そこで本稿では、Riot Gamesの『VALORANT』eスポーツプロデューサー・泉航平氏と、VCT Pacificをはじめ、数々の『VALORANT』の大会・イベントでキャスターを務めてきた岸大河さんをお招きし、その歩みについて対談形式で語り尽くしてもらいました。
◆楽器奏者からゲームプランナーへ…eスポーツ責任者の意外すぎる経歴
岸大河:泉さんと僕は2021年のコロナ禍で出会って、最初はどんな人かも分からないまま過ごしていましたよね。今でこそいろんな話ができる関係になりましたが、泉さんはRiot Gamesに入る前含めてどんな経歴を持ってるんですか?
泉航平:生い立ちから言うと、生まれはアメリカで、小学校の頃に5年間だけ日本にいて、あとはカナダで育ちました。中・高校では芸術の学校に通い、大学は小学校の頃に始めたユーフォニアムの演奏の学科に入って、プロのステージパフォーマーを目指していたんです。
泉:結局その夢は挫折して諦めたんですが、就職のタイミングで日本に帰国して、「クリエイティブな仕事をしたいな」とゲーム会社に入りました。そこではゲームに登場する技名だったりイベントの仕様だったり、敵の強さなどを考えるモバイルゲームのプランナーを担当しました。
それから、元々eスポーツが好きだったということもあり、2021年にRiot Gamesに入社しました。
岸:僕もサッカーを挫折したタイプなので分かるんですが、ひとつの特技を伸ばしていたからこそ、ゲーム開発といった他のカテゴリーの道へ移るのは難しい決断でしたよね?
泉:カナダの就職事情をお話しすると、専攻した学問以外を職業にすることはほぼないんです。演奏家以外になる選択肢がほとんどないという環境のなかで、自分の隣にいる人の方が自分より演奏が上手かったので、僕の場合は諦めざるを得ませんでした。
そんななか、自分がステージに立って、見に来てくれたお客さんがワッと沸いてくれれば、目指していた道は趣味でも良いかなと考え直し、似たようなクリエイティビティを発揮できて、瞬間的なエンターテインメントを味わえる業界としてゲーム業界を選んだんです。
泉:今振り返ってみると、学生時代の経験は生きていて、eスポーツもステージ上で起こる“火花”とも言いましょうか。お客さんをワッと驚かせるようなものがありますよね。パフォーマーとしてステージに立っていたことが、どういう風に演出したいかなどを考えることに繋がってるなと思いますね。
◆「頂点」を示し「顔」を作ることから始まった『VALORANT』eスポーツ
岸:面白い経歴ですね。Riot Gamesに入ったあとはどのようにコミュニティと関わってきたんですか?
泉:Riot Gamesに入ったのが『VALORANT』で初めて行われた世界大会「VCT 2021 Stage 2 Masters Reykjavík」の直後くらいでして。まず2021年に目指したものは「頂点ってどこなの?」を示すことでした。素敵な山頂(目標)を描くということですね。あとはもちろん競技としてのフォーマット、放送の仕組みを整えることにも注力しました。
岸:初年度ですからね。その翌年は?
泉:2022年は「日本国内におけるトップチームの顔を作ること」を目指しましたね。配信のオープニングムービーや選手のプロフィールコーナーなど、とにかく選手の顔を出していこうと、人となりやパーソナリティなどを発信して、どんな思いをエイムに乗せているのかを共感してもらいやすくするのが狙いです。
岸:選手のスタッツがしっかり出たのはこの頃だったかな。その目標というのは日本としてのものだったんですか?
泉:これまでお話ししているもの含めて日本としてですね。海外ではNAリージョンとEMEAリージョンの対立構造に注力していました。SNSではお互いが煽ったりと地域性も出ていて、煽り合い文化の下で「応援しよう」という気持ちを引き出そうとしていました。
しかし、日本はまだそのステージに立っていなかったので、まずは「顔」を作る地盤固めをしていました。そんなタイミングで、ちょうどZETA DIVISIONが世界ベスト3という快挙を成し遂げてくれたんです。
◆ZETAベスト3のパブリックビューイングからMasters Tokyoへ
岸:泉さんも海外の放送でZETAメンバーの通訳をしたりしていましたね。
泉:モバイルゲーム開発で得た教訓として「お客さんが感じていることへの反応速度を上げていく」というのがありました。名だたる強豪を倒していくZETAへの熱を日本で最大化し、さらに世界へどう発信できるのかを考えて開催したのが「パブリックビューイング」です。
岸:え、あれはそんなに短期間で決めたんですか。
泉:ダークデイ(※試合が行われない3日間)の初日に開催を決めて、2日目に会場を決めて、3日目に募集しました(笑)。
泉:今では当たり前になっていますが、パブリックビューイングの様子を本放送にも乗せることで、海外からも「日本ですごく盛り上がってる」と思ってもらえました。これがさいたまスーパーアリーナでのStage 2 Playoff開催や、2023年の「Masters Tokyo」にも繋がっているんです。
泉:さいたまスーパーアリーナでのイベントに関しても、Masters Reykjavíkの直後くらいにRAGEさんへ声をかけて、4月に企画して6月に実施というスピード感で進めました。とにかく「今やるしかない!」という思いでしたね。
岸:自分たちの熱を世界に届けて、それを世界が受け止めてくれる。パブリックビューイングの様子については、他の地域も世界へ発信するようになりましたよね。そして2023年には、『VALORANT』の競技シーンが新しいフォーマットになりました。
泉:Pacificを含めた世界3つの地域でインターナショナルリーグが始まりました。この年はPacificとChallengers……それぞれをブランドとして確立し、見る理由を作っていくことを目指しましたね。
VCT Pacificの配信ではアナリストコーナーを設けて、あの短い時間のなかで選手達がどれだけすごいことをしているのか発信するようになったほか、Challengers Japanでは“距離感”を大切に、FENNELのチアパーティーやSengoku Gamingのパブリックビューイングなどをはじめ、コミュニティや選手たちとの距離を近づける施策なども大事にしました。
もちろん6月の「VCT 2023 Masters Tokyo」も、あまりにも大きな出来事ですね。マスに対して『VALORANT』eスポーツを認知してもらうことに尽力しました。その一環として、いきなり「世界のいろんなチームを見てください」と言うことはせず、世界のプレイヤーやキャスターから日本の『VALORANT』コミュニティへのメッセージを集めたんです。
泉:世界から日本へアプローチとして、「僕ら(世界)は君たち(日本)が好きです」と発信してもらうことで、日本のユーザーに世界を知ってもらうきっかけになれればと。
岸:最近、Pacificの試合後インタビューでは、日本語で「ありがとうございます」と言ってくれる機会が増えましたが、向こうから寄り添ってくれると「好き」「嬉しい」ってなっちゃいますよね(笑)
泉:日本語放送で海外選手へちゃんとインタビューができるようになったのもこの頃でしたね。今では通訳のMIZUKAさんにご協力をいただいています。
岸:それ以前は、英語が話せる裏方のスタッフが「インタビューOKが出たので頑張ります」って感じでしたよね。ところで、泉さんが「Masters Tokyo」の内容に点数をつけるならば、100が大成功としてどれくらいだったのでしょうか?
泉:うーん……難しいですが、「70点」くらいでしょうか。
良かった点としては、日本の『VALORANT』ファンの熱量の高さを改めて感じました。正直、日本チームが出場できなかったことで「本当に成立するのだろうか?」と心配していた面もあったのですが、蓋を開けてみればTIPSTAR DOME CHIBAにも幕張メッセにも、多くのお客さんが足を運んでくださって海外のRioterが驚いていました。
試合ごとの盛り上がりの差が顕著な場面も海外では見られるなか、日本ではどのチームの試合も満席でしたし、どのチームに対しても良いプレイが見られれば盛り上がってくれます。シーン全体を愛してくれているファンが多いのでしょうね。
岸:世界における日本の注目度が上がっていて、今では日本国外のチームが日本のストリーマーにウォッチパーティのアンバサダーを依頼することも増えましたよね。
それでは、逆にやり残してしまったことは?
泉:果たして、日本全体を一大ムーブメントとして巻き込めたのか……という点ですね。今思えば、九州や北海道など各地でパブリックビューイングやポップアップショップの開催などを仕掛けたかったなと。当時は運営するだけでいっぱいいっぱいでしたが、もう少しできることがあった気がします。
岸:ロサンゼルスで開催されたVALORANT Champions 2023の決勝では、会場の周りにアクティビティがあったりなど、周辺地域を巻き込んだイベントをやっていましたもんね。
◆Champions 2023で岸大河が感じたもの…とLaz選手が泉さんにお腹ツンツン?
泉:岸さんにはVCT Pacificの決勝で韓国とロサンゼルスにも行っていただきましたよね。『VALORANT』eスポーツと視聴者の接点のひとつはキャスター陣ですから、世界を近く感じさせるという意味で現地の熱を伝えていただくのは大切なことです。お話しいただいたChampions 2023はどうでしたか?
岸:良かったですね。会場の広さ、熱量、日本との観戦スタイルの違い……Championsらしい演出を生身で体感できたのはキャスターとして収穫がありました。観客全員へ光るリストバンドが配られるんですが、それを活用したスパイクのピッピッという音に合わせての演出があったり、会場にいてこそ体感できるものがありましたね。
泉:楽曲「Dir For You」のタイミングでトロフィーが降りてきたとき、会場では複数のディスプレイでグループステージの総集編が流れてました。総合演出として迫力がありましたよね。
岸:いろんな現場を経験してきたなかでも、会場には大きなモニターが備えられていて観戦しやすかったです。選手たちの後ろにはスタッツや表情カメラが見られる専用モニターがあり、今なにが起きているのかが会場にいるだけで分かるのは素晴らしかったですね。
日本ではやっぱり、観戦体験としては盛り上がってるけどマップが見づらいな……というようなイベントがあるんです。相当な予算をかけたのでしょうけど、Champions 2023にはそれがありませんでした。
泉:マップ用とスタッツ用のモニターは、今後日本においても専用の配信を用意したいとは思っています。とはいえ、技術・予算的に難しい部分もありますが……。
岸:Championsで言うと、泉さんは様々な国際大会で日本チームに付き添われていると思いますが、それがきっかけの面白いエピソードなどはありますか?
泉:ZETA DIVISIONと一緒だったChampions 2023での話ですが、諸々のリハーサルが終わって待っているときに隣にLazさんがいたんですよ。
そしたらLazさんがおもむろに僕のお腹をツンツンし始めて。「え?Lazさん!?」と思ったら「あ、ごめんなさい間違えました」と。JUNiORコーチと間違えていたみたいで(笑)
岸:Lazさん、フレンドリーファイアしちゃいましたね(笑)
泉:まぁ、Lazさんにツンツンされるのは儲けもんですね(笑)
◆2024年に掲げるテーマは“eスポーツを日常に”
岸:そして2024年が始まりましたね……!
泉:「Red Bull Home Ground」などのオフシーズンイベントも含めて、世界が日本にやってくることが日常になってきました。これからは観戦することを当たり前にしていきたいと思っています。まさに今取り組んでいることですね。eスポーツを特別なものじゃなく、日々のふとした瞬間に日常の導線で巡り会えるようにしていこうと考えています。
Pacificの試合をふらっと立ち寄りやすい「Café&Bar RAGE ST」で観戦してもらったり、TikTokでパッとハイライトが出てきたりと、日常における接点を作っているところです。
岸:それでいうと、特に泉さんがRiot Gamesに入ってからなのですが、シーズンの始まりに「今年はこうしていきたい」とキャスター陣に方針を説明してくれるのが嬉しいですね。
泉:そう言っていただけるとありがたいです。やっぱり僕ら(Riot Games)だけでやりたいと思っていても実現しません。周りの皆さんと一緒の方向に進んでいくことで、なにか大きなことを成し遂げられると思っています。
あとは今韓国でインターナショナルリーグが行われていますが、距離感を縮めるために会場の様子を知ってもらったり、会場へ足を運びやすくなる取り組みも考えています。そのひとつにVCT Pacific Stage 2ではZETA DIVISION vs DetonatioN FocusMeの試合を見るツアーパッケージも実施する予定です。そのあとにはChampionsにも来てほしいですね。
岸:確かに!今年はChampionsが韓国で開催されますからね。
ところで、泉さん個人として好きな海外の選手はいるんですか?「この選手のようになりたい」みたいな。
泉:ずっと好きなのはMaKo選手(DRX)ですね。オーメンをカッコよく使える選手はいいですよね!
岸:PacificのコントローラーにはKaron(Gen.G)やBORKUM(TS)もいますが、そのなかでもMaKoなんですね(笑)
泉:あんまり表情に出さないところもすごく好きです(笑)
話は変わりますが、もっと日本の選手も海外へ挑戦して欲しいですね。韓国人選手が日本シーンに参戦することで、韓国流の戦い方が入ってきていますし、ZETA DIVISIONにはCarlaoコーチが入ったことでラテン地域の風が吹いていると思います。海外選手を日本へ呼ぶだけじゃなくて飛び出してほしいですね。違うリーグを応援するきっかけにもなるでしょうし。
岸:ありがとうございます!そろそろお時間というところで、最後に『VALORANT』コミュニティへのメッセージをお願いします。
泉:視聴者の皆さんも『VALORANT』eスポーツを作っているメンバーのひとりです。「もっとこういうことしてくれ!」「こういうの良かったよ!」という風に、Xなどで発信してくれればキャッチしますので、一緒にシーンを良いものにしていきましょう!
Riot Gamesは『VALORANT』競技シーンにおいて、2021年に「Champions」という目標を示し、2022年には国内で活躍するプレイヤーにフォーカス。2023年にはリーグとChallengersのブランディング、そして2024年には“日常化”と、コミュニティの持つ熱に呼応するように、明確な目標を持ってコミュニティにアプローチし、最大化することに注力してきました。
2024年にはChallengers Japan Split 2の決勝戦がオフライン開催、VCT Pacificへの切符を争うアジア大会「VCT Ascension Pacific」も東京で開催されることが既に発表されています。
これら以外にも多数行われる競技シーンをいかにして日常化し、生活に溶け込む存在へと昇華していくのでしょうか。Riot Gamesの挑戦は始まったばかりです。